校章と校歌について

校章の由来(130周年記念誌より)

 

 武蔵野市制施行(昭和22年11月)に伴い、校名を「武蔵野市立武蔵野第二小学校」と改称したとき、市のマーク(市章)に二小の「2」を入れた現在の校章を決めた。

本校の校章

 

校歌の由来(130周年記念誌より)


 本校の校歌が制定されたのは、昭和十一年です。
 本校では昭和七年に校舎増築が行われました。この年に保護者会も発足しました。その保護者会の役員会で、『第二小学校は、古くからの伝統ある学校なのに、校歌がないのはおかしい』という話が出ました。そして、校歌を作ろうという機運が高まりました。何人かの方にお願いしましたが、「校歌というのは、永く歌い続けられるものなので作るのが難しい。」と辞退が相次ぎました。いろいろ相談の結果、関前に住んでいる児童文学者の樫葉勇先生に相談することになりました。そこで、当時、保護者会の役員だった武井鉄寿さんが一任されました。そして、当時の第二小学校の高橋万蔵校長先生と五十嵐三郎先生と一緒に樫葉勇先生のお宅を訪ねてお願いをしました。樫葉勇先生は、「私は、歌(詩)は作っていないので、知人に相談してみましょう。」とおっしゃって、当時ご親交のあった浜田広介先生をご紹介くださいました。浜田広介先生が快くお引き受けくださって、みんな大喜びでした。作曲も、浜田広介先生が頼んでくださって、平岡均之先生になりました。
 浜田広介先生は、第二小学校の校歌を作るために、境へ足を運ばれて、玉川上水や第二小学校の近辺の畑などを歩かれたそうです。
 校歌の発表会は、校庭に紅白幕を張り、大勢のお客様や父母の見守る中で、五・六年生が代表で発表しました。
 以上の経緯は、関前五丁目在住の武井富美子(武井鉄寿さんの長女)さんが手紙で知らせてくださいました。その当時、小学校五年生だった武井富美子さんは、樫葉勇先生のお宅に道案内をしたので、当時のことを特に鮮明に覚えているそうです。

 

校歌のMIDIデータ(3.69KB)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二小の歌の由来(120周年記念誌より)

 

 

 

<「二小の歌」作成にあたって>
 私は昭和四十九年から十年間、二小の音楽を担当してきました。その時に学校の集会などで子どもたちが心から歌える歌を作りたいということで職員に呼びかけ、「二小の歌」が誕生しました。作詞は全校児童に呼びかけ募集し、当時六年生だった子の詩を選び、それに私が曲をつけました。
 曲披露の日、子どもたちが元気に歌ってくれました。(旧職員)

 

 

 

更新日:2021年04月16日 21:37:50